創業者 石橋信夫のご紹介

1921年、千メートル級の山々に囲まれた奈良県吉野の村で、石橋信夫は生まれました。負けん気の強い青年は、第二次世界大戦での大怪我や過酷なシベリア抑留を乗り越え、帰国。戦争や災害で荒廃した故郷の山や町に奮い立ち、「木材の代わりに、強い鉄パイプで家をつくろう」と決意します。それが「建築の工業化」の幕開けでした。1955年、大和ハウス工業を創業。石橋は、社会が求めるものをつくろうと、次々と新たな革命を起こします。鋼管構造で「建築」を進化させ、プレハブ住宅で「住宅」を国民の身近なものとし、多角的な事業で「生活」をより豊かに。2003年、享年81歳でこの世を去るまで、将来の「夢」を語り続けた石橋信夫。その「夢」は今もなお、大和ハウスグループの志として受け継がれています。

夢、それはまことに広い意味をもつことばです。夜寝て見るのも「夢」であり、過去の思い出をもまた人は「夢」という表現をします。しかしわれわれにとっては、寝て見る夢も、過去の夢も、さして重要な意味をもちません。われわれにとって重要な夢は、「将来の夢」でなければならないのです。夢あるところに前進があり、伯楽あるところに馬が発見される。伯楽たるは経営者、管理者の要諦であり、夢を持つことは社員の義務でもあります。企業は夢とともに伸び、人はすべて夢を求めて、あくことを知らず走り続けるのです。 昭和三十八年十月 吉野湖畔にて

経歴

大正10年
奈良県吉野郡川上村に生まれる。
昭和14年
奈良県立吉野林業学校卒業後、満州営林庁敦化営林署勤務。
昭和17年
前橋陸軍予備士官学校卒業、昭和23年復員。
昭和24年
吉野中央木材株式会社取締役就任。
昭和30年
大和ハウス工業株式会社を設立。常務取締役就任。
「建築の工業化」の理念をもってパイプハウス、ミゼットハウス等を開発、我が国で初めてプレハブ住宅の道を拓く。
昭和38年
大和ハウス工業株式会社代表取締役社長就任。
昭和46年
社団法人経済団体連合会理事就任。
昭和53年
社団法人プレハブ建築協会会長就任。
昭和54年
藍綬褒章受章。
昭和55年
大和ハウス工業株式会社代表取締役会長就任。
昭和57年
紺綬褒章受章。
平成元年
住宅建設業団体協議会会長就任。
平成4年
大和ハウス工業株式会社代表取締役相談役就任。
平成5年
勲二等瑞宝章受章。
平成9年
社団法人住宅生産団体連合会会長就任。
平成15年
81歳で逝去。従三位勲一等瑞宝章受章。

石橋信夫の革命と軌跡


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