FOUNDING STORY

創業のDNAはBtoBビジネスにあり

【インフォグラフィック】大和ハウス工業のルーツは国鉄の倉庫にあり

奈良の材木業を営む家庭の五男として生まれた石橋信夫が大和ハウス工業を創業したのは1955年のこと。創業のルーツは、国鉄の倉庫にあった。今では、住宅、物流、ホテルなどを含めた建築、そして総合不動産ソリューションを営む3兆円企業へと成長した大和ハウス工業の創業物語をインフォグラフィックでひも解く。

大和ハウス工業創業ストーリー chapter1 創業のきっかけ 変わり果てた故郷の姿

1921年 創業者・石橋信夫 奈良で誕生 社名の由来 奈良=大和(やまと)→大和(だいわ)大いなる和をもって経営にあたる 1939年 石橋は林業学校卒業後、満州営林庁に勤務 第二次世界大戦、勃発 陸軍予備士官学校卒業 戦争中に大怪我 戦後、過酷なシベリア抑留 1948年 復員、帰国 目にしたのは戦争や災害で荒廃した故郷 山々を守るためにも木材に代わる素材で家を建てよう

1950年 超大型台風が直撃 木造家屋2万戸が倒壊 一方で折れることなく風に揺れる稲や竹の姿 そうだ、円くて空洞の鉄パイプで家を建てよう 1955年 大和ハウス工業創業

chapter2 最初の商品 木造建築に代わるパイプハウス 創業から3ヵ月、パイプハウスを開発 国鉄へ営業 国鉄は中小企業との取引をしぶっていた 新しい時代のために必要な新しい倉庫です

熱意が動かす 国鉄・官公庁を中心に倉庫、車庫、事務所で幅広く採用 完成までの驚異的なスピードと品質が評判に スピードは最大のサービスであり企業の利益を最大化する

chapter3 プレハブ住宅の先駆け 原点は子どもたちの勉強部屋 ある日、アユ釣りに出かけた石橋は日が暮れても遊ぶ子どもの姿に気がつく 帰っても家が狭くて居場所がない 子どもたちの勉強部屋をつくろう

1959年 3時間で建つ勉強部屋ミゼットハウス開発 全国デパートで展示販売、爆発的人気 プレハブ住宅の原点に 1960年 新婚家庭向け、風呂、台所付きスーパーミゼットハウス発売 1962年 大規模団地を開発 民間発デベロッパー企業になる 建築の工業化 住宅を「請負」から「商品」に変えた

chapter4 後継者へバトン 「夢」をつなぐ 高度経済成長で日本人の生活は豊かに 物質的ではない豊かな生活を求める時代が近づいている 複合リゾート開発 1978年 ダイワロイヤルホテルズOPEN ホテル経営開始

ホームセンター事業 1980年 ロイヤルホームセンターOPEN この年 石橋は会長に就任(59歳) 夢は創業100周年で売上10兆円 この夢は後継者に託された 石橋信夫は2003年81歳で永眠 1995年度 売上1兆円達成 2015年 創業60周年 2015年度 売上3兆円達成見込み 樋口武男CEOのものと石橋の夢をつなぐ

材木業を営む家庭の息子として生まれた石橋信夫は、木材のことを知り抜いていたはずだ。その石橋だからこそ、建築するうえでの木材の弱点を知り、また、山林を守りたいという気持ちも強く、いち早く「鉄パイプで家をつくる」ことに目をつけ建築の工業化を先導したという歴史は逆説的で興味深い。

住宅メーカーという印象も強い大和ハウス工業だが、最初の顧客は国鉄や電電公社といった社会インフラ産業だった。高度成長期にプレハブ住宅やニュータウンの建設などで住宅メーカーとしての確固たる地位を築くも、企業としてのDNAはBtoBだったことがわかる。

石橋信夫は生涯、日本のために何をすればいいいのかを考え続けた。事業を通して人を育て、社会を発展させていくことが、企業経営の根本であると説き続けた。晩年、「創業100周年で売上高10兆円の夢」を後継者に託し、81歳で生涯を閉じた。その夢を実現するためには、常に先の先を見据える経営が必要である。

2015年、大和ハウス工業は創業60周年を迎えた。基幹事業である住宅系事業の成長に加え、原点である企業向けの事業が、土地活用を推し進めたい企業のニーズを的確につかみ、大型物流施設などを担う建築事業、ロードサイドの店舗開発を担う流通店舗事業として成長のドライバーとなり、2016年3月期に3兆円の売上を達成する見込みだ。

樋口武男CEOのもと、「アスフカケツノ(安全・安心、スピード・ストック、福祉、環境、健康、通信、農業)」を羅針盤に、成熟した日本での更なる成長、無限の可能性が広がる世界市場の開拓を着実に進め、サステナブルな企業になるための種を植え続けている。

(インフォグラフィック:NewsPicks櫻田潤、文:NewsPicks久川桃子)


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