対談 【第2回】都市緑化の意義と役割

なぜ日本の都市には緑が少ないのか

 今日のメインテーマは「都市緑化の意義と役割」です。コンクリートジャングルに緑を増やすために企業として何ができるか。あるいは企業が市民・NPOと一緒に何ができるかを話し合って行きたいと思います。
大和リースという一企業の取り組みとしては大変立派だと思いますが、さらに広げていって、東京や大阪を本当に緑あふれる街にするためにはどういう仕組みが必要でしょうか。とくに大阪には緑が少ないように感じます。

山本 行政指導の違いという側面があります。大規模建築物の敷地に一定比率の緑地を求める「緑化率」に関して、10年から15年ほど前は、東京では敷地の10%、大阪では3%という差がありました。今は見直されて同程度の基準になっています。

熊谷 他の都市では緑化率15%というところもあります。しかし、やみくもに緑を植えれば良いのではなく、例えば高木一本を植えるために必要な土の面積が決められていたりするケースもあります。ただ、数値で縛ればそれで良いとは思いません。

 では、何が大事だと思いますか。

熊谷 数値よりも、緑があることによって人の活動がどう変化していくか、どういう効果があるかを真剣に考えていくことが大切だと思います。

 緑化率と緑視率について、簡単に説明していただけますか。

熊谷 緑化率とは平面図上で緑の部分を例えば10%は確保しなさいという目標値です。屋上緑化だと何%分を面積に加算しますとか、緑のスペースが1m²以下のものは一切カウントしないとか、そういう細かいルールがあります。
一方で緑視率は、立った時に見える緑の量です。壁面緑化は、平面で見るとほぼゼロですが、立面で見ればしっかりあるわけです。
また、緑化面積には、植えなければならない木の本数も決まっています。高木何本、中本何本、低木何本植えなさいと。30mくらいの高い木があるとすると、それを切ってそこに5本植えないと緑化面積は満たせない、という話になりかねません。でも、緑視率であれば、緑の効果を高められるという意見はあります。

田中 心理学の研究で、パッと見た目のなかに緑がどのくらいあるか。木がどれだけあるかによって人の心理がどう影響するかという研究がなされています。単に木がたくさんあれば良いのではなく、何%が一番心地良いのかという研究がなされています。風景と木々のバランス、その木を触れるかも大事な要素です。

 最近ではNDS(Nature Deficiency Syndrome、自然欠乏症候群)という言葉も注目されています。子どもたちが自然に親しんでないとキレやすい、情緒不安定になりやすいという研究もあるようです。ところで、当初、東京が10%、大阪は3%と、なぜこんなに緑化率の行政指導に差が開いたのでしょうか。

山本 緑地をもったいないと判断するのか、良しと判断するのかだと思います。緑地を確保するのであればクルマ1台、お客さんを一人でもたくさん入れたほうが儲かるという、大阪商人的な発想がまだ生きていたのかも知れません。

 大阪も京都もそうですが、「商人の街」にはそんなに緑がないような気がしますね。京都は遠くに借景があり、それを使った庭造りという印象があります。

田中 京阪神はすぐ近くに山がありますので、緑は出掛けて行って見るものであって、身の回りにあるというのとはちょっと感覚が違うのかなと思いますね。むしろ関東平野の広いところだと否応なく緑を作らなければいけない。
「緑といえば生駒山、六甲山がある」という意識が関西では多いです。あえて目の前に植えなければいけないとか、森をつくるという発想は弱いです。出掛けていくものだという感じですね。

 そういう文化的背景から、今ずいぶんと市民の意識も変わってきている気がします。

山本 はい。当社が先ごろ協賛した「近未来の都市緑化」という国際アイデアコンペティションでも、これからの時代を担う30歳以下の方々をお呼びして、これから大阪の緑を多くしようというコンセプトで開催されました。その際にはかなりいろんな案がありましたが、新たな発想だと感じたのは「動く緑化」です。
近い将来、緑が動く時代が来るかもしれません。

熊谷 ニューヨークでは、浚渫船(しゅんせつせん)を畑にしていますね。それでマンハッタンの周りをグルグルと日照を求めながら走らせているらしいです。

「近未来の都市緑化―30歳以下の若手提案者による国際アイデアコンペティション2013」では、「動く緑化」という発想をはじめとして、既成概念にとらわれない斬新なアイデアが提案された。

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