対談 【第2回】都市緑化の意義と役割

日本人の森に対する関心をもっと高めたい

 緑に対する市民の関心はどうでしょうか。

田中 大阪にも大きな公園はいくつかあります。万博公園だとけっこう森が多いのですが、ほとんどの人は芝生のところにいる。森の遊歩道にはいつも人がいないのです。本当は森の中を歩くための遊歩道をいっぱい作ってあるのに。
森に入りたがらない。入ったら虫がいるとか、暗いとか、恐いとか。熊が出るとまでは言いませんが、怖がる人たちが多い。やはり頭の中の、想像の中の緑に過ぎず、実体験の緑でないことが大きいようです。

ラファエル フランスでは確かに、人々と森の距離が日本より近いですね。私、公園で食事するのが好きなので、木の下に座ったりしますけど、大阪で同僚の女の子を誘うと「なんで?」みたいな。「座ったら汚いし、虫もいるし」って言われます。

熊谷 森だけじゃないですね。欧州では、広場とかもちょっとしたランドスケープデザインで作りますね。欧州はやはりランドスケープの使い方がうまいし、人々もそれを求めています。

 日本は世界有数の森林大国なのに、あまりにも日本人が森のことを知らない。あるいは放ったらかし。都市の緑化はこれから大事なテーマになっていくわけですけど、やはり一つの企業だけ、一つのNPOだけでは限界があります。自治体にもお金がない。やはり連携、協働が重要だと思います。

熊谷 今までのやりかたでは、緑の維持管理すらできない状況がありますね。緑を増やし、その緑をどう使うかを考え直す。よくいう「新しい公共」をどう作っていくかは、かなり盛んに議論されています。その意味で、「フレスポ稲毛」(千葉市)はけっこう良い例ですよね。少々古いショッピングセンターですが、施設を「減築」し、その代わりに公園をつくりました。大和リースさんを中心に「まちスポ稲毛」という地域のNPOを支援し、さまざまな活動をしてもらえる場を作って、近隣住民とNPOがこの公園を自由に使えるようなお手伝いを始めました。
都市緑化はおそらく、ひたすら緑を植えるよりも、緑の使い方を体験できる場所が求められています。そういう流れは、ここ大阪でもそうだし、都心の再開発でも、割と盛んになり始めていると思います。

 「減築」という言葉はこれから注目されそうですね。

熊谷 そう思います。日本ではもう建物を作り過ぎていますし、都市も大きくなり過ぎた。今後は人口も減っていくし。東京はそうでもないけれども、地方都市へ行くとコンパクトシティ化が言われています。

田中 私の不動産関係の友だちも言っていましたが、みんな減築が今、流行りみたいです。たとえば4人家族、5人家族で2階建ての家だったのが、今はもう核家族以下になって2人、1人になってしまうと2階を全部取っ払って平屋にしてしまうとか。そういう需要が今けっこう増えているらしいですね。

熊谷 緑だけではないかもしれないけど、減築した場所を、どう再構築するかはすごく大事なテーマになります。

 ところで、日本ではなかなか国産材の利用が進みません。特に住宅材です。木造住宅、木質建築がなぜ日本で増えないのかも大きな課題だと思います。

熊谷 木造住宅の人気はないのでしょうか。

田中 アンケートを取ると、すごい人気があるんですよ。木の家を建てたいという人はものすごく多い。さらに、できれば国産材で住宅を建てたいという人がものすごく多いのに、実際建つのはそのうちの何分の1か。非常に少なくなる。

熊谷 それは日本の林業の流通システムの問題でしょうか。

田中 国産材の流通問題もあるのですが、施主からみると、住む家が自分の買いたい商品であって、木材を買いたいのではない。やはり設計です。見栄え、デザインとか住み心地とか、間取りとか。そういうのを全部合わせて初めて一つの家という商品なのに、残念ながら国産材を使った家には魅力的なデザインのものが少なかったり、地場の工務店が多く営業力が弱いということもあると思います。単に木さえ使えば良いのではないわけです。
ハウスメーカーでは、軽量鉄骨やRCといった工法のほか、木材を使った在来木造工法の家を展開しているところもありますが、パンフレットを見ると、デザインとか写真がカッコいいうえに、機能など家の魅力もうまく伝えています。だから、たとえ同じ木造住宅でもハウスメーカーの家に惹かれてしまうことが多いんです。

安積 私は緑化事業に数年間携っていますが、このところ緑化に対するイメージが変わりつつあると感じます。提案ではお客様がOKであれば良いという感覚になりがちですが、このように外部の方たちからさまざまなご意見を伺うことで、緑化プランニングや提案方法の考え方も良い方向に変わっていけるように思います。

フレスポ稲毛(千葉)では、敷地内の古い施設を取り壊し、地域の人々が自由に使える公園に生まれ変わらせる減築を行った。(撮影:加治枝里子)

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